2020年04月03日

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 〈最新記事〉    歌会の記録17
           赤彦こころの歌25
                                             


 〈既記事抜粋〉   窪田空穂『歌話』4より       

〈歌を作らうとする人達に 大正8年〉

《中心点》
 私の好みから言ふと、纏り過ぎた歌は卑しいやうに思はれる。それはその背後に知恵が働いてゐるからである。一首の歌の面白味は、その言つてあることが如何に生きてゐるかといふ点にある。如何に旨く纏めてあるかといふことよりも、どれだけ生気を有してゐるかといふことである。今、一つの景色に対しても、これを如何に纏めようかと思ふよりも、自分の眼を惹きつけた一点即ち自分の心に働きかけた来た一物を、如何に明晰に、力強く云ひ表さうかといふ風に私は考へたい。
《材料と用語の調和》
 用語は直截の方がよく、調子は鋭い方がいいと思ふ。・・一般に用語に対してデリケートであることを求めてゐるやうである。この傾向は心よいことには相違ないが、私はこのデリケートよりも力強いといふ方が尊いことだと思ふ。従つて直截、明確といふことが尊いことと思ふ。
《推敲》
 推敲といふことは無論必要のことではあるが、自分のその時の実感を橫へ寄せて、字句の上からのみの推敲だと全然しない方がいいと思ふ。何となれば読者の面白味を感ずるのは字句ではなく、実感そのものであるからである。・・又、読み返してみて、実感が出てゐないといふ意味で気に入らない場合は、大抵は言葉が多過ぎるか、気の張りが足りない時に多いやうである。だからさういふ場合には、気を漲らせ、材料を単純にして詠み直す方が適当ではないかと思ふ。
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Photo 歌のふるさと
空穂生家 済.jpg
       窪田空穂生家(松本市和田)
 
         

 
                        
                         〈連絡先〉 shinanojinouta@yahoo.co.jp
posted by kazahanakakai at 23:41| Comment(0) |  TOPページ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする