2019年03月17日

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歌論斎藤史『現代短歌入門』 1 より 
 次に、「・・それ以前を、ないがしろにしては、なりたたないことである・・」「・・現在のこのやうな問題を含む短歌に至る以前、短歌は、いかなる歩き方をしてゐたか・・」という観点から『昭和二十年以前の短歌』として作品を上げながら、「現代」に至るまでの明治以降の歩みを辿っている(ここは一般の概略的短歌史と特に変わりはない。ただこの章の最後には、自身の反省も込めてであろうが「・・軍人政治の権力は文化干渉から統制にと激しく移り、歌人の政治に対する抵抗は失はれて居た。国策短歌に、真の人間の声はうすく、・・戦勝と愛国的な声の他は、外にもらすことは出来なかつた・・」、「・・ただかうした中で、残り得る戦争作品は・・戦場に立つた人々の・・各々の手帳の隅に書かれた作品であつたと思はれる・・」として、戦場で詠われた無名作家の「たらちねの寝息伺ひ夜の更けに遺書かき続く明日出征(たつ)われは」「み命の極まる戦友(とも)のかたはらに励ます言も尽きて坐りをり」「母一人子一人の中を召され来しその兵すらも死なせたりけり」「人ごみに笑ひつつ送る妻よ子よ切なさすぎて我も笑ひつ」等々20余首を挙げている)。
 更に『戦後の緒論』として「第二芸術論」に触れ、「・・我々の文芸は、たしかに、近代的知性を身につけ得なかつた姿態を晒してゐた。いはゆる叙情的性格に頼りすぎてゐた事を、認めざるを得なかつた・・旧来の抒情の上に、安閑と坐りこみ・・」と認めつつ、「・・近代的知性と、短歌的感性抒情とが、どのやうにクロスし、融合し、共鳴をし得るか・・」として、近藤芳美、宮柊二、大野誠夫の作を挙げている。また『短歌とは何であらうか』として「短歌の本質」等を挙げ、「・・間違へてならないのは、人間の感情は、低く安易な場所に於ても揺れ易く、乱れ易く、いたづらに高ぶつて、ととのはないものとなりがちなのである。真の詩とは、さうした揺れ易いものを、知性によつて高い秩序の世界に引上げ、美にまで到達させたものでなければならない・・これに短歌といふ表現をあたへたところに、まことの、短歌の本質はあるべきなのである・・」等と述べている。
 そこで、旧来の短歌から脱出して現代の短歌はどうあるべきかという観点で書かれた第二章『現代短歌の諸問題』、 及び短歌の基本を述べた第六章『若い友への返事』、順は逆になるが上に触れた第一章『現代秀歌鑑賞』の三項から、以下抜粋することとする・・・

    
 

        
 
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(付) 長野県歌 信濃の国

1信濃の国は十州に境連ぬる国にして聳ゆる山は弥高く流るる川は弥遠し
松本伊那佐久善光寺四つの平は肥沃の地海こそ無けれ物多に万ず足らわぬ事ぞなき

2四方に聳ゆる山々は御嶽乗鞍駒ヶ岳浅間は殊に活火山何れも国の鎮めなり
流れ淀まずゆく水は北に犀川千曲川南に木曽川天竜川これまた国の固めなり

3木曽の谷には真木茂り諏訪の湖には魚多し民の稼も豊かにて五穀の実らぬ里やある
然のみならず桑採りて蚕飼の業の打開け細き緣も軽からぬ国の命を繋ぐなり

4尋ねまほしき園原や旅の宿りの寝覚の床木曽の棧掛けし世も心してゆけ久米路橋
来る人多き筑摩の湯月の名に立つ姨捨山著き名所と風雅士が詩歌に詠みてぞ伝えたる

5旭将軍義仲も仁科の五郎信盛も春台太宰先生も象山佐久間先生も
皆この国の人にして文武の誉類いなく山と聳えて世に仰ぎ川と流れて名は尽きず

6吾妻早とし日本武嘆き給いし碓氷山穿つ隧二十六夢にも越ゆる汽車の道
道一筋に学びなば昔の人にや劣るべき古来山河の秀でたる国は偉人のある習い


   
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〈photo 歌のふるさと〉
山葵田(済み).JPG
安曇野山葵田
 
         

 
                      〈写真サイト〉Q10yana  
                         〈連絡〉 shinanojinouta@yahoo.co.jp
posted by kazahanakakai at 23:41| Comment(0) | TOPページ(記事抜粋紹介) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする